はじめに:「人事企画」はなぜ注目されているのか
2020年代に入り、日本企業における人事の役割は大きく変わった。「給与計算と採用をまわす守りの人事」から「経営戦略を人材面で支える攻めの人事」へ。この変化の最前線に立つのが人事企画というポジションだ。
人手不足が深刻化し、賃金相場が急上昇し、DXが加速する中で、「どんな人材を・いつ・どう採り、どう育て・どう評価するか」を設計できる人材の希少価値は今後さらに高まると私は見ている。
エージェントとして20年間、数百社の人事担当者と向き合ってきた経験から言えば、人事企画は「制度をつくるだけの仕事」ではない。経営者の言語と現場の実態を同時に理解し、数字で語れる論理性と、人を動かす感性の両方が問われる職種だ。本記事ではその実態を包み隠さず解説する。
1. 人事企画とは何か
人事企画とは、企業の経営戦略を実現するために、人材に関する制度・計画・方針を設計・推進する職種だ。
人事という組織の中では、採用・給与労務・研修・評価といった各機能が存在するが、人事企画はそれらの上流に位置する「方針を決め、仕組みをつくる」役割を担う。現場の人事担当者が「どう動かすか」を考えるとすれば、人事企画は「何のために・どういう仕組みで動かすか」を設計する立場だ。
大企業であれば専任のチームが存在し、中小・ベンチャーでは「人事部長が兼務」または「採用と兼任でHRBP的な動きをする」ケースも多い。企業の規模や成熟度によって業務範囲は大きく異なるが、コアにあるのは「経営と現場をつなぐ戦略的な設計力」だ。
2. 仕事内容の詳細
人事企画の業務は、大きく以下の5領域に分かれる。
2-1. 人員計画の策定
事業計画に基づき、「いつ・どの部門に・何人・どんなスキルを持つ人材が必要か」を策定する。単なる頭数合わせではなく、組織の成長フェーズと事業KPIに紐づいた計画設計が求められる。
経営企画・各事業部門長と連携してヒアリングを行い、採用計画・異動計画・育成計画として落とし込む。「採用コスト・リードタイム・定着率」を踏まえた現実的な計画が書けるかどうかが腕の見せどころだ。
2-2. 人事制度の設計・改定
等級制度・評価制度・報酬制度の設計・運用・見直しを行う。特に近年は「ジョブ型雇用への移行」「マーケット連動型の賃金設計」「年功序列の見直し」など、制度の抜本的な改革を求められるケースが増えている。
制度設計では、外部の賃金相場データ(エン・ジャパンやレイス、Mercer等のサーベイ)を活用しながら、社内の公平感と外部競争力の両立を図る必要がある。法的要件の確認・労働組合との折衝・役員説明・現場への展開まで、一気通貫で担うことも多い。
2-3. 採用方針・採用戦略の立案
どの採用チャネルを・どのボリュームで・どのターゲット層に向けて使うかの方針策定を担う。「採用担当」が実行するのに対し、「人事企画」は戦略を作る側だ。
採用ブランディング戦略、採用KPIの設定、エージェント・ダイレクトリクルーティング・リファラルの配分、コストパフォーマンス分析なども業務範囲に含まれる。
2-4. 組織開発・タレントマネジメント
従業員サーベイの設計・実施・分析、エンゲージメント向上施策、タレントマネジメントシステムの導入・運用などが含まれる。近年は「ピープルアナリティクス」と呼ばれる手法でデータを活用した組織課題の特定も求められるようになってきた。
後継者計画(サクセッションプラン)の策定、ハイポテンシャル人材の特定と育成計画も人事企画の重要な仕事だ。
2-5. HRDXの推進
人事データの基盤整備、タレントマネジメントシステム・HRISの選定・導入・活用推進も現代の人事企画には不可欠だ。クラウド給与・HR Brainなどのシステムを活用して人事業務の効率化・可視化を図る動きが加速している。
3. 必要なスキル・経験
コアスキル
| スキル | 内容 |
|---|---|
| 論理的思考力・企画立案力 | 課題を構造化し、施策に落とし込む力 |
| データ分析力 | Excelは当然、ピープルアナリティクスのリテラシー |
| プレゼン・資料作成力 | 経営陣への説明・現場への浸透に必要 |
| 法的知識(労働法・社会保険) | 制度設計の前提となる法的理解 |
| プロジェクトマネジメント力 | 複数施策を同時並行で推進する力 |
| コミュニケーション力 | 経営・現場・外部ベンダーとの橋渡し |
経験として評価されやすいもの
- 人事業務の複数領域の実務経験(採用・評価・育成いずれか)
- 制度設計・改定プロジェクトへの参画経験
- 事業部門でのライン経験(マネージャー経験がある人は特に重宝される)
- HRシステム導入・推進経験
- M&A・組織再編における人事統合経験
エージェントとして正直に言うと: 「人事企画未経験だが採用担当5年の経験がある」という候補者は転職できるケースが多い。一方、「採用経験がなく制度設計のみやりたい」という人は、まず採用など実務を経験してから入るルートが現実的だ。人事企画のポジションは即戦力を求める採用が多く、OJTで育てる余裕がない企業がほとんどだ。
4. 年収帯
人事企画職の年収は、企業規模・経験年数・役職によって幅が大きい。以下は2025〜2026年の求人市場データを基にした目安だ。
| 経験・役職 | 年収レンジ |
|---|---|
| 未経験〜3年(担当者) | 350万〜500万円 |
| 3〜7年(シニア担当者) | 500万〜700万円 |
| 7〜10年(マネージャー) | 700万〜950万円 |
| 戦略人事・HRBP(ハイクラス) | 800万〜1,500万円 |
| 人事部長・CHRO | 1,000万〜2,000万円超 |
令和6年賃金構造基本統計調査では、人事職全体の平均年収は約514万円とされている。ただしこれは人事全職種の平均であり、人事企画に限定すれば相場はやや上振れる傾向だ。
注意点: ベンチャー・スタートアップでは「人事企画」という肩書でも担当者が一人のため年収が低めに設定されているケースがある。一方、外資系・大手コンサルではHRBPやピープルパートナーとして800万円超の案件が増えている。年収だけで比較せず、業務範囲・成長環境・ポジション設計を必ず確認してほしい。
5. 向いている人
20年の経験から、人事企画で長く活躍する人には以下の特徴がある。
向いている人
1. 「なぜ」を経営目線で考えられる人 制度をつくるとき「うちの会社で流行っているから」ではなく「このフェーズでこの制度が必要な理由」を経営戦略に紐づけて語れる人。採用担当や労務担当から人事企画に移る際、この切り替えができるかどうかが最大の分岐点だ。
2. データと感性の両方を持っている人 人事施策の効果をExcelで可視化しながら、「この施策が現場に刺さる/刺さらない」という肌感も持ち合わせている人。数字だけ・感覚だけでは人事企画は務まらない。
3. 変化を楽しめる人 法改正・賃金相場の変動・DXの波・経営戦略の変更など、人事企画の前提は常に動いている。「ルールを守る」より「状況に応じて仕組みをアップデートする」ことに喜びを感じる人に向いている。
4. 社内政治を恐れない人 制度改定は必ず「反対意見」が出る。経営層・管理職・組合・現場それぞれの利害を理解しながら合意を取っていく、地道な調整力が必要だ。泥臭さに向き合えない人には正直きつい仕事だ。
5. 「人」そのものへの関心が高い人 組織の課題も、制度の運用も、最終的には「人が動く・動かない」の問題に帰着する。人間行動や組織心理への本質的な関心がない人は、制度を作っても「なぜ機能しないのか」が分からなくなる。
6. 向いていない人(ミスマッチ防止のために)
- 正解を求めすぎる人: 人事施策に正解はなく、仮説検証と修正の繰り返しだ。完璧主義が強い人はストレスが溜まりやすい
- 現場に関わりたくない人: 「企画だけやりたい」という人に、人事企画の醍醐味はない。制度は現場で機能して初めて意味を持つ
- 数字が苦手な人: コスト・採用KPI・サーベイスコアなど、数字から目を背けることはできない
- 短期で目に見える成果を求める人: 制度設計や組織開発は、成果が出るまでに1〜3年かかることが多い
7. キャリアパス
人事企画のキャリアは、大きく3方向に分かれる。
スペシャリスト路線
人事企画の特定領域(制度設計・タレントマネジメント・ピープルアナリティクス等)を深掘りし、社内外で希少価値を持つ専門家になるルート。社労士資格を持ちながら制度設計の専門家として高単価コンサルに転じるケースも多い。
マネジメント路線
人事マネージャー → 人事部長 → CHROへの昇進ルート。大企業・上場企業では、ここに至るまで10〜15年のキャリアを要することが多い。経営会議への参加・役員との意思決定に関わる経験が不可欠だ。
横断ルート(経営企画・コンサル等)
人事企画の経験で培った「戦略立案力・データ分析力・組織理解」は、経営企画やHRコンサルティングへの転身にも活かせる。実際に人事戦略の策定経験を評価されて経営企画に異動するケースを複数見てきた。
代表的なキャリアルート例
採用担当(2〜3年)
→ 人事企画担当(3〜5年)
→ 人事企画マネージャー(3〜5年)
→ 人事部長 / HRBP / CHROコース
8. 転職市場の現状(2026年)
需要の高さ
2025〜2026年の転職市場において、人事企画・戦略人事の求人需要は高水準で推移している。背景には以下の要因がある。
- 賃金相場の急変: 2024〜2025年に大手を中心に大幅な賃上げが行われ、制度の見直しニーズが急増
- 人材争奪の激化: エンジニア・営業など専門職の採用難が続き、採用戦略を再設計できる人材が求められる
- HRDXの加速: タレントマネジメントシステムの導入が進み、推進できる人材のニーズが高まっている
- ジョブ型移行: 従来の日本型雇用から脱却を目指す企業で、等級・評価制度の再設計需要が増大
転職難易度
中〜高。 人事企画は「採用したら即戦力」を前提とした求人が多い。実務経験3年以上かつ複数の人事領域をまたいだ経験がないと、書類選考でのハードルが高い傾向だ。ただし、特定領域のスペシャリスト(タレントマネジメント・HRIS導入等)は需要が高く、経験年数が浅くてもチャンスがある。
競争環境
ミドルからハイクラスの人事企画ポジションは、候補者1人に対し複数社がオファーを出す「売り手市場」になっているケースが多い。一方、エントリー〜アシスタントレベルは競争が激しく、大手企業のポジションには100〜200人の応募が集まることもある。
9. 転職・選考対策のポイント
人事企画職の転職で私がエージェントとして必ず候補者に伝えることをまとめる。
1. 「制度を動かした経験」を数字で語れ 「評価制度の改定に携わった」ではなく「等級制度を3階層から5階層に再設計し、500名への浸透を半年で完了させた」のように、何をどのくらいの規模で・どんな成果につなげたかを具体的に語る準備をしておく。
2. 経営課題と人事施策のリンクを説明できるか 面接官(多くは人事部長や経営企画、時に役員)が最も見ているのは「この人は経営目線で人事を語れるか」だ。「組織の○○という課題に対して、○○という施策を設計した」という構造で話せるよう整理しておく。
3. 現在のトレンドへの理解を示す HRBP・ジョブ型・タレントマネジメント・ピープルアナリティクスなどのキーワードに対して、自分の意見を持っておく。「勉強中です」では厳しい。
10. 取得しておくと有利な資格
| 資格 | 特徴 |
|---|---|
| 社会保険労務士(社労士) | 労働法・社会保険の国家資格。制度設計・コンプライアンス対応に強み |
| ビジネス・キャリア検定(人事・人材開発・労務管理) | 人事の体系知識を証明。実務者向け |
| PHRi / SPHRi(HRCI認定) | 国際的な人事資格。外資・グローバル企業で評価される |
| 産業カウンセラー | メンタルヘルス対応・組織開発で役立つ |
資格はあくまで「補強材料」だ。実務経験の代替にはならないが、制度設計や法的対応の精度を上げるために社労士は特に取得価値が高い。
まとめ
人事企画は、「採用もできて、制度も作れて、現場の信頼も得られる」人材を企業が本気で求めているポジションだ。決して「楽な管理部門の仕事」ではなく、経営戦略の理解・データ活用・社内折衝・法的知識・プロジェクト推進力が同時に求められる、総合力の高い職種だ。
組織の課題に向き合い、人を通じて事業の成果を最大化することにやりがいを感じる人にとって、人事企画は自分のキャリアの核になり得る。ただし、「制度を設計するだけ」では通用しない。動かす泥臭さ、修正する粘り強さ、語る論理性──この3つを身につけてこそ、本物の人事企画人材として市場価値が高まると断言できる。
参照情報源
- doda 人事企画の転職・求人情報
- MS-Japan 人事企画の転職。仕事内容やスキル、キャリアプランなどを解説
- マネーフォワード 人事企画とは?仕事内容の具体例から必要なスキル、キャリアパスまで徹底解説
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