1. リード文
「上場って、いったい誰がサポートしているの?」という疑問を持ったことはあるだろうか。証券会社や監査法人はよく知られているが、実際の上場準備の現場では「IPOアドバイザリー」と呼ばれる専門家集団が企業の内側に深く入り込み、組織・会計・内部統制・書類作成の全局面を支えている。
私はこの業界で20年、両面型の人材エージェントとして活動してきた。その中でIPOアドバイザリー職ほど「求人票と現場の実態に乖離がある職種」も珍しい。華やかに見えるが、実態は上場準備企業の泥臭い内部整備を何年もかけて支える地道な仕事だ。同時に、達成したときの充実感は他の職種と比較にならないほど大きいとも聞く。
本稿では転職希望者が知っておくべき仕事内容・スキル・年収・キャリアパスを、現場の実態も交えながら解説する。
2. 職務の概要
IPOアドバイザリーとは、未上場企業が東京証券取引所などに株式を新規上場(IPO: Initial Public Offering)するための準備プロセス全体を支援する専門職だ。
上場審査をクリアするためには、会計制度の整備・内部統制の構築・コーポレートガバナンスの確立・上場申請書類の作成など、膨大かつ多岐にわたる準備が必要になる。これを社内だけでこなせる企業はほとんどなく、外部の専門家であるIPOアドバイザリーが伴走するのが一般的だ。
主な提供主体
| 提供主体 | 特徴 |
|---|---|
| BIG4監査法人(PwC・EY・デロイト・KPMG) | 会計・内部統制の深い専門性。大型案件・海外上場に強い |
| 独立系コンサルティングファーム(船井総研など) | 中小ベンチャーを中心に幅広く対応。J-Adviser資格保有ファームも |
| 証券会社の上場審査・引受部門 | 主幹事として取引所審査を並走。アドバイザリーとは立場が異なる |
| フリーランス・顧問型 | IPO経験者が独立し、複数社に並行支援するケース |
3. 仕事内容
IPOアドバイザリーの業務範囲は非常に広い。プロジェクトの初期から上場承認まで、おおむね2〜4年の長期支援になることが多い。
3-1. 予備調査・ロードマップ作成
最初のフェーズでは、対象企業が「上場できる状態にあるか」を診断する。
- 上場要件への適合状況の確認(業績・ガバナンス・株主構成など)
- 課題の洗い出しと優先順位付け
- 上場スケジュール・市場区分(グロース・スタンダード・プライム・TOKYO PRO Market)の選定
- 主幹事証券会社・監査法人の選定サポート
この段階で「今は上場できない」と正直に伝えることも重要な仕事だ。安易に見切り発車させてしまうと、審査で落とされ企業に多大な損失を与えかねない。
3-2. 内部管理体制の構築
上場審査で最も厳しく見られるのが「内部管理体制」だ。具体的には以下の整備を支援する。
- 社内規程・稟議フローの整備・文書化
- 組織体制・権限規程の見直し
- コーポレートガバナンス体制の確立(取締役会・監査役会・内部監査)
- 予算管理・予実差異分析体制の構築
- 業務フローチャートの整備
「規程を作ればいい」という表面的な話ではなく、実際に機能している体制かどうかを証券会社・取引所が審査する。絵に描いた餅では通らない。
3-3. 会計・財務報告体制の整備
- 月次決算の早期化・精度向上
- 会計基準の変更対応(収益認識基準・リース会計など)
- セグメント情報の整理
- 財務報告に係る内部統制(J-SOX)対応
- 四半期開示体制の構築
3-4. 申請書類の作成支援
Iの部(有価証券届出書の前身)をはじめとした各種上場申請書類の作成・チェックは、アドバイザリーの重要な業務だ。証券会社・取引所からの質問事項への回答作成も含まれる。
3-5. 審査対応・クロージング
主幹事証券会社の引受審査、証券取引所の上場審査に向けた準備・質疑応答対応。「どこが引っかかるか」を先読みして事前に対策を打つのがアドバイザリーの腕の見せどころだ。
4. 必要スキル
必須スキル
| スキル | 内容 |
|---|---|
| 会計・財務の深い知識 | 上場基準・会計基準・財務諸表の読み書きができること |
| 内部統制・ガバナンス知識 | J-SOX・内部監査・コーポレートガバナンスコードへの理解 |
| プロジェクトマネジメント力 | 複数の業務を同時並行で管理し、期日を守る能力 |
| コミュニケーション力 | 経営者・CFO・現場担当者と同時に信頼関係を築く力 |
| 論理的思考力 | 審査官視点で「なぜ」を問い続けられる分析力 |
歓迎スキル・資格
- 公認会計士(最も多いバックグラウンド)
- 税理士
- 証券アナリスト
- 主幹事証券での引受審査・審査部経験
- 事業会社でのIPO準備担当経験(CFO・経理部長クラス)
- プロジェクトマネジメントの資格(PMP等)
一般的な採用基準
BIG4監査法人でのIPO支援求人では「監査経験5年以上・主査経験あり」を前提とするケースが多い。一方、独立系コンサルファームや事業会社IPO担当採用では「証券会社の引受部門経験者」「上場準備を経験した経理・財務担当者」も対象になる。公認会計士資格がなくとも、実務経験のある人材は転職市場で十分に評価される。
5. 年収帯
2024〜2025年の求人データをベースに整理した。
| キャリアステージ | 年収目安 | 主な背景 |
|---|---|---|
| ジュニア(1〜3年目) | 350〜600万円 | 公認会計士合格直後、監査2〜3年で転向 |
| ミドル(3〜7年目) | 600〜900万円 | 監査主査経験あり、IPO支援複数案件経験 |
| シニア(7年目以上) | 900〜1,200万円 | 複数上場成功実績、プロジェクトリーダー経験 |
| マネージャー〜パートナー | 1,200〜1,500万円以上 | BIG4パートナー・独立系ファームの幹部クラス |
| 事業会社CFO転身後 | 800〜1,500万円 | IPO成功後に上場会社CFOへ転身 |
求人票ベースでは「500〜1,500万円」と幅広く提示されることが多い。決定額は案件数・実績・ファームの規模に大きく依存する。
注意点: BIG4は固定給が高いが昇格は時間がかかる。独立系コンサルは成果連動の要素が強く、案件数次第で大幅に変動する。
6. 向いている人
20年間の転職支援経験から、IPOアドバイザリー職で長期的に活躍する人の特徴をまとめた。
向いている人(5つの特徴)
1. 「完成」ではなく「プロセス」に喜びを感じられる人 上場という結果は出るが、そこに至る2〜4年の整備プロセスが仕事の大半を占める。地味な規程整備・繰り返しの審査対応でも粘り強く取り組める人が向いている。
2. 経営者と対等に話せる・または話したい人 クライアントは社長・CFO・取締役が直接の相手になる。「指示を待つ」スタイルではなく、自分の専門知識を根拠に提言できる人が評価される。
3. 複数業務の同時管理が苦にならない人 上場準備は会計・内部統制・ガバナンス・申請書類が並行して動く。担当案件が複数あれば、さらに並行度が増す。マルチタスクを整理して動ける人が活躍する。
4. 「答えのないクイズ」を楽しめる人 取引所審査の基準は明文化されていない部分も多く、主幹事証券との折衝・解釈の積み重ねが必要だ。「グレーゾーンをどう説明するか」を前向きに考えられる人に向いている。
5. 「企業の節目」に関わることに意味を感じられる人 上場は企業にとって一生に一度の大きな節目だ。その達成に貢献したという実感が、この仕事の最大のモチベーションになる。給与や安定よりも「社会的インパクト」を重視する人に向く。
向いていない人(ミスマッチ防止)
- 「ルーティン業務で着実に成果を出したい」タイプ(IPO準備はイレギュラー続きが基本)
- クライアントの経営判断に強く介入することに抵抗感がある人
- 期日に対して融通を利かせる文化を期待している人(審査には絶対的な締め切りがある)
- 「上場したらそれで終わり」と思っている人(上場後の支援ニーズも大きい)
7. キャリアパス
IPOアドバイザリーの経験は転職市場で非常に高く評価される。典型的なキャリアパスは以下の通りだ。
パターン1:ファーム内昇格
監査法人・コンサルファームの中でアソシエイト → シニア → マネージャー → パートナーと昇格していくルート。BIG4であれば大型案件・海外IPO案件にも関われる。
パターン2:IPO準備企業のCFOへ
最も需要が高いキャリアチェンジ。支援してきたスタートアップや成長企業から「うちに来てほしい」とオファーを受け、CFO・経理部長として入社するケース。IPO達成後は上場会社のCFOとして年収800〜1,500万円のレンジでのオファーも珍しくない。事業会社への転身を目指す会計士にとって最有力の手段となっている。
パターン3:独立・フリーランスIPOアドバイザー
経験と実績が十分に積み上がった段階で、独立して複数企業に並行支援するスタイル。顧問契約ベースで月額50〜100万円のフィーを複数社から受け取るケースもある。
パターン4:VC・PE・証券会社へ
IPO支援の経験を活かし、ベンチャーキャピタル(VC)のポートフォリオ管理・上場支援担当や、証券会社の引受部門へ転じるルートもある。
パターン5:事業会社の経営管理部門
経理部長・管理部長・内部監査部門責任者として上場企業に転じるルート。IPO準備の全体像を知る人材は、上場後の会社にとっても重宝される。
8. 転職市場の実態
需要は高いが、供給は少ない
IPOアドバイザリー経験者は慢性的に不足している。コンサルティング職全体の求人倍率は2025年6月時点で7.77倍(パソナ調べ)と高水準を維持しており、IPO支援に限定すると競合は更に少なく売り手市場が続く。
上場件数の動向
2024年の国内IPO数は86社(TOKYO PRO Market除く)、2025年は66社と件数自体は減少傾向にある。ただしIPO支援の需要は「件数×準備期間(2〜4年)」で決まるため、数年分のパイプラインが常に存在する。件数が減ってもアドバイザリーの仕事が急減する構造にはなっていない。
求人の特徴
- BIG4は中途採用を継続的に行っており、公認会計士合格者の定番転職先になっている
- 船井総研などの独立系ファームは「IPO準備経験のある事業会社出身者」の採用を積極的に行っており、公認会計士資格がなくとも応募できる求人が増えている
- フリーコンサルのマッチングプラットフォームを通じた案件獲得も拡大中
転職者に伝えておきたいこと
ひとつ正直に言うと、「IPO担当を3年やったけど上場に至らなかった」という経験者でも、その経験は市場で評価される。「上場できたか否かは問いません」と明記した求人が増えており、プロセスに携わった実務経験そのものが求められている。書類で弾かれる前に、エージェント経由で職務経歴書の表現を磨くことを強くすすめる。
9. まとめ
IPOアドバイザリーは、企業が「上場する」という一生に一度の節目に深く関わる専門職だ。会計・内部統制・ガバナンスという地味な基盤整備から、経営者との戦略議論まで幅広く担う。年収水準は経験・実績によって350万〜1,500万円以上と広いが、実力と実績が正当に評価されやすい環境でもある。
監査法人・証券会社・事業会社のIPO担当と、多様なバックグラウンドから参入できる点も魅力だ。「企業の成長に本気で関わりたい」「専門性を武器に経営者と渡り合いたい」という人には、転職市場でこれほどフィットしやすい職種は多くない。
成長企業の節目を支え、自らも成長していきたい専門家にとって、IPOアドバイザリーは有力なキャリア選択肢になるだろう。
10. 参照情報源
- PwC Japan グループ|株式上場(IPO)支援コンサルタント求人(OpenWork)
- ミドルの転職|財務報告アドバイザリ【株式上場(IPO)支援】年収500万〜1,500万円
- KOTORA JOURNAL|IPOコンサルタントが語る!年収1000万円超えの秘訣と魅力
- CPA NAVI|BIG4監査法人 IPO支援コンサルタント求人(年収500〜1,000万円)
- ジャスネットキャリア|BIG4監査法人でのIPO支援業務内容と魅力
- ジャスネットキャリア|独立系財務・会計コンサルティングファームのIPOアドバイザリー業務
- ランサーズ プロフェッショナルエージェント|IPOコンサルタントとは?業務内容・スキル・キャリアパス
- 船井総研|IPOコンサルタント採用ページ(Wantedly)
- MS Agent|30代会計士が知っておくべきIPO支援業務の価値
- Webマール|2024年1〜12月のIPOは86社
- Webマール|2025年1〜12月のIPOは66社と大幅減
- パソナ|2025→2026年転職市場予想