内定の電話を受けて、そのまま「ありがとうございます」と言ってしまった経験はないだろうか。

提示された年収が少し物足りなくても、「これが正式な提示なんだから仕方ない」と思い込んで黙って飲む。多くの人がそうしている。でも、その「仕方ない」は本当に正しいのか。

「提示=確定」という思い込みがある

日本の転職市場では、内定通知とともに提示される年収をそのまま受け入れるケースが多い。交渉という選択肢があることすら知らないまま、あるいは知っていても「印象が悪くなりそう」「欲張りと思われそう」という不安から、何も言わずに判を押す。

でも考えてみてほしい。企業側が最初に出す数字は、通常ある程度の余地を見込んで設定されている。予算の上限ではなく、あくまで「まず出してみる」数字だ。交渉が来ることを前提にした提示と言っても過言ではない。

黙って受けるのは権利の放棄に近い。

年収が動く余地は、意外とある

「そんな話、自分には関係ない」と思っている人もいるかもしれない。でも、実際に根拠を持って交渉した結果、提示額から数十万円単位で変わったケースは珍しくない。

もちろん企業規模や職種、採用ポジションによって余地の大小はある。等級制度が厳格な大企業ほど動かしにくく、スタートアップや中小企業ほど柔軟なことが多い。一方で、大手でも「特別採用枠」や「職位外れ」のポジションでは融通が利く場合もある。

「絶対に動く」とは言えないが、「聞かないと分からない」のは確かだ。

交渉に必要なのは「根拠」

年収交渉が通るかどうかは、根拠の有無でほぼ決まる。「もう少し上げてほしいんですが」という感情論は通じない。「なぜその金額が妥当なのか」を説明できることが前提だ。

根拠として使えるのは、大きく二つある。

一つは「自分の実績」だ。前職での数字、担当してきた業務の規模、成果として語れるもの。これがあると話が具体的になる。

もう一つは「市場水準」だ。同職種・同年次の求人相場や、転職サービスが公開している年収レンジ。「この業界でこのスキルセットならこのくらいが相場のようだ」という情報があると、感情論ではなく事実の話ができる。

どちらか一方でもあれば、交渉のテーブルに乗せられる。

角を立てない伝え方がある

年収交渉で怖いのは「欲張りな人」というレッテルだろう。でも伝え方を工夫すれば、印象を損なわずに話を切り出せる。

コツは「感謝を先に置く」こと。内定への感謝と入社意欲を先に示した上で、「一点だけ確認させていただきたいことがあります」と続ける。そして根拠を簡潔に提示して「〇〇万円前後での調整は可能でしょうか」と問いの形で伝える。

決定事項を覆すような強い主張ではなく、「確認」「相談」の形を取る。これだけで相手の受け取り方は変わる。

やりすぎ・タイミングの失敗が一番怖い

ただし、気をつけるべき点もある。

一次・二次面接のタイミングで年収交渉を始めるのは早すぎる。まだ選んでもらえるかどうか分からない段階で条件交渉に踏み込むと、優先順位がずれていると思われる。交渉は内定が出てから、が基本だ。

また、何度も引き上げを求めたり、相場から大きく外れた金額を提示したりするのも逆効果になる。「一回、筋を通して伝える」が限度だと思っておいた方がいい。内定辞退をちらつかせるような交渉はリスクが高く、関係が壊れることもある。

機会を活かすための交渉が、入社前の関係を損なっては本末転倒だ。

まず「自分の相場」を把握するところから

交渉を成功させるためにも、前提として自分の市場価値を知っておく必要がある。

転職サービスの年収診断、求人票の年収レンジ、口コミサイトの給与情報——複数の情報源を突き合わせると、自分のスキルセットがだいたいどのくらいで取引されているかが見えてくる。エージェントに「正直なところ、この条件はどう見えますか」と聞いてみるのも一つの手だ。

「自分の相場」を持っていれば、提示額が妥当かどうかの判断ができる。そして、交渉すべきかどうかの判断も、自信を持ってできるようになる。

提示された年収は出発点だ。受け取るか、話し合うかを決めるのは自分だ。