はじめに

「人事事務」という職種名を聞いて、何をする仕事かすぐにイメージできる人はそれほど多くないかもしれません。「採用面接をする人?」「給料を計算する人?」——実際はその両方であり、それ以上の仕事を担っています。

人材エージェントとして20年以上、数多くの転職支援をしてきた経験から言えることがあります。人事事務は、会社という組織が毎日動き続けるための基盤を支える職種です。目立つ役割ではありませんが、ここが機能しなければ社員は給料を受け取れず、新入社員は社会保険にも入れず、労働法令違反が発生します。

この記事では、人事事務の実態——仕事内容、年収の実際、向いている人の特徴、キャリアの広がり方——を包み隠さず解説します。転職を考えている方はもちろん、「この職種に自分は向いているのか?」を判断するヒントにしてください。


1. 人事事務とは何か

人事事務とは、人事部門において発生する各種業務を事務・手続き面からサポートする職種です。「人事アシスタント」「労務事務」「HR事務」と呼ばれることもあります。

大きく分けると、以下の3領域をカバーします。

  • 労務管理領域:給与計算、勤怠管理、社会保険・雇用保険の手続き、入退社手続きなど
  • 採用補助領域:求人票の作成・掲載、面接日程の調整、応募者への連絡対応など
  • 人事管理領域:人事データの管理・更新、就業規則の管理、研修運営のサポートなど

人事「担当者」や人事「マネージャー」との違いは、意思決定を行うか否かです。「誰を採用するか」「制度をどう設計するか」を決めるのは人事担当者や管理職の役割であり、人事事務はその判断を支える実務・事務処理を担います。

企業規模によって担当範囲は大きく異なります。大企業では採用事務のみ、あるいは労務手続きのみと分業が進んでいますが、中小企業では給与計算から採用補助、研修手配まで幅広く一人で担うケースも珍しくありません。


2. 具体的な仕事内容

給与計算・勤怠管理

月次業務の中核をなすのが給与計算です。

  • 勤怠データの集計・確認(残業時間、有休取得、欠勤・遅刻・早退)
  • 変動事項の反映(昇給・降格、交通費変更、扶養変更など)
  • 支給金額と控除項目(社会保険料、所得税、住民税)の計算
  • 給与明細の作成・配布
  • 賞与計算(年2回)

月末・月初に業務が集中します。年末には年末調整(源泉徴収票の作成・配布)があり、年間を通じて季節ごとのヤマ場があります。

社会保険・労働保険の手続き

入社・退社のたびに行政への届出が必要です。

  • 入社時:雇用保険・社会保険の資格取得届の提出、健康保険証の手配、労働契約書の締結
  • 退社時:資格喪失届の提出、離職票の発行、退職金計算
  • その他:産前産後・育児休業に伴う保険料免除の申請、扶養の追加・削除、氏名・住所変更の届出

法改正への対応も重要な業務のひとつです。社会保険や労働基準法は頻繁に改正されるため、常に最新情報をキャッチアップする姿勢が求められます。

採用事務サポート

採用活動が活発な企業では、以下の業務が発生します。

  • 求人票の作成・各媒体への掲載・更新
  • 応募者との面接日程調整(応募者・面接官双方との連絡)
  • 採用通知・お見送りメールの送付
  • 入社書類(健康診断書、マイナンバー、銀行口座など)の回収・管理
  • 内定者フォローのサポート

採用担当者が忙しい時期は、こうした調整業務の量が一気に増えます。

人事データ・書類管理

組織が大きくなるほど、人事情報の正確な管理が重要になります。

  • 社員台帳・組織図の更新
  • 有休残数・育休取得状況の管理
  • 各種人事書類のファイリング・電子化
  • HRシステム(SmartHR、freee人事労務、SAP SuccessFactorsなど)へのデータ入力・更新

情報漏洩リスクのある個人情報を扱うため、セキュリティ意識と守秘義務の徹底が求められます。

研修・社内行事の事務サポート

  • 研修会場・外部講師の手配、参加者への案内
  • 研修受講記録の管理
  • 社内イベント(社員総会、懇親会など)の調整補助

3. 必要なスキルと資格

必須スキル

PCスキル(特にExcel) 給与計算や勤怠集計ではExcelを頻繁に使います。VLOOKUP、ピボットテーブル、条件付き集計ができるレベルが実務では求められます。求人票でも「Excel中級以上」と明記されるケースが大半です。

コミュニケーション能力 社員からの問い合わせ対応(「給与明細の計算が違う」「有休残数を教えて」など)が日常的に発生します。わかりやすく、かつ丁寧に答える力が不可欠です。

正確性・几帳面さ 給与計算のミスは社員の生活に直結し、法令違反につながることもあります。ケアレスミスを防ぐ注意力と、ダブルチェックを習慣化できる人が向いています。

守秘義務の徹底 給与額、病歴、家族構成など、センシティブな個人情報を日常的に扱います。情報管理への意識が薄い方には、この仕事は向きません。

有利になる資格

資格名概要難易度
MOS(Excelスペシャリスト/エキスパート)Excelスキルの証明。未経験転職時に有効低〜中
社会保険労務士(社労士)労働・社会保険法令の国家資格。合格率7〜8%程度
人事総務検定人事・労務の実務知識を体系的に学べる低〜中
衛生管理者(第一種/第二種)職場の安全衛生管理を担う国家資格
メンタルヘルス・マネジメント検定社員のメンタルヘルスに関する知識低〜中
キャリアコンサルタント国家資格。キャリア支援の専門知識

未経験で転職する場合は、MOSの取得でExcelスキルを証明するのが現実的なアプローチです。社労士資格は取得難易度が高いものの、取得すれば労務スペシャリストへのキャリアが大きく開けます。


4. 年収帯の実態

MS-Japanの「人事・総務の転職市場レポート2024」(調査対象:2023年1月〜12月)によると、人事・総務全求人における想定年収の平均は584万円、最多年収帯は「400万〜599万円」で全体の51.2%を占めます。

ただしこれは人事マネージャーや人事戦略担当を含む数字です。「人事事務」に限定すると実態は下記の通りです。

経験・年代別年収の目安

区分年収目安備考
未経験(20代)280〜350万円派遣・契約社員スタートが多い
経験1〜3年(20代後半)320〜420万円正社員転職で年収上昇
経験3〜5年(30代前半)400〜480万円給与計算や労務手続き全般担当
経験5年以上(30代後半〜)450〜550万円リーダー・専門担当クラス
社労士資格保有者500〜700万円スペシャリストとして価値が高まる

企業規模・雇用形態による差

正社員と派遣・契約社員では年収差が大きく開きます。派遣の人事事務は時給1,400〜1,800円程度(年換算で約280〜360万円)が多いのに対し、正社員では350〜500万円台が中心です。

また、上場企業(特に従業員1,000名超)では未経験でも年収400万円超の求人が存在し、未上場の中小企業と比較すると同経験年数で100万円以上の差が生じることもあります。


5. 人事事務に向いている人

20年間の転職支援経験で見てきた、「人事事務で長く活躍できる人」の共通点を率直にお伝えします。

几帳面で、ルーティンワークを苦にしない人 給与計算や社会保険手続きは毎月・毎年繰り返される定型業務です。「同じ作業の繰り返しが苦痛」という方には、正直ストレスが溜まりやすい仕事です。一方、「確実にこなすことに達成感を感じる」タイプの方には向いています。

秘密を守れる人 給与額・病歴・家族の状況など、他の社員には知られたくない情報を日常的に扱います。口が軽い、あるいは情報共有の線引きが曖昧な方は、重大なトラブルを招くリスクがあります。

人の役に立つことにやりがいを感じる人 人事事務は表舞台に立つ仕事ではありません。「サポート役として組織全体が円滑に動くことが嬉しい」という人に向いています。自分の仕事が直接売上に繋がらなくても満足できるかどうかが、長続きできるかの分岐点です。

法律や制度の変化に興味を持てる人 労働基準法、社会保険制度、税制は毎年のように改正されます。「制度が変わるたびに勉強しなければならない」ことを負担に感じるか、面白みに感じるかで仕事の充実度は大きく変わります。

ストレス耐性がある程度ある人 給与計算ミスや手続き漏れが発生した場合、社員から強いクレームが来ることがあります。怒りをぶつけられても冷静に対応できる精神的な安定感は、長く続けるうえで重要です。


6. 向いていない人の特徴(正直なところ)

これも正直にお伝えしておきます。

  • ミスしても「まあいいか」と流せてしまう人:給与計算ミスは法的問題に発展することもあります
  • コツコツした作業より、常にクリエイティブな仕事を求める人:日常の多くは定型業務です
  • プライバシーへの感覚が薄い人:機密情報の漏洩リスクがあります
  • 締め切りや期日の管理が苦手な人:月末給与計算や法定の届出期限は厳守が必要です

7. キャリアパス

人事事務はゴールではなく、キャリアの「入口」です。蓄積した経験と知識に応じて、いくつかの方向性があります。

労務スペシャリストへ

給与計算・社会保険手続きの経験を深め、社会保険労務士資格を取得すると、労務の専門家として市場価値が大きく上がります。社労士事務所への転職、あるいは企業内の労務マネージャーとしてのキャリアが開けます。年収500〜700万円台が視野に入ります。

採用担当・HRBPへ

採用補助の経験から採用担当へステップアップし、さらにHRBP(Human Resource Business Partner)へ進むルートです。事業部門と連携しながら採用戦略・組織設計に携わる役割で、年収600〜900万円台のポジションも存在します。

人事マネージャーへ

人事事務として幅広い業務経験を積み、チームのリーダーを経て人事部長・HRマネージャーへ。組織全体の人事戦略を担う立場で、年収700万円以上が期待できます。

人事コンサルタント・社労士独立へ

企業内での経験を活かして人事コンサルティングファームへ転職、あるいは社労士として独立開業するルートです。専門性が高まれば収入の上限がなくなります。

総務・経理への横断

人事事務の経験は総務・経理と親和性が高く、バックオフィスの総合担当として活躍できます。中小企業では「人事・総務・経理」を一人で担うポジションも多く、幅広い経験者として重宝されます。


8. 転職市場の実態

需要は底堅く、売り手市場が続く

MS-Japan「人事・総務の転職市場レポート2024」によると、人事・総務の求人倍率は直近3年で前年比+120%超、前々年比+180%超という高い伸び率を示しています。特に経験者向けの求人は1倍を超える売り手市場が続いています。

リモートワーク対応が普及

人事・総務系求人全体の53.8%がリモートワークOKとなっており、オフィス勤務必須という求人は減少しています。年収600万円以上の求人に絞ると65.1%がリモートワーク対応というデータもあります。

未経験からの転職の難易度

率直に言えば、未経験からの正社員転職は簡単ではありません。人事事務は募集ポジション数自体が営業職や開発職ほど多くなく、かつ法的知識が求められる職種であるため、企業は即戦力を好みます。

ただし、以下の条件を満たすと可能性が広がります。

  • 他の事務職(経理事務・総務事務など)での実務経験がある
  • ExcelやWord等のPCスキルが証明できる(MOSなど)
  • 採用活動に何らかの形で関わった経験がある
  • 社労士試験の学習経験がある(資格取得見込み含む)

未経験の場合は、派遣や契約社員として入り込み、1〜2年の実務経験を積んでから正社員への転換を目指すルートが現実的です。

HRテクノロジーの普及による業務変化

SmartHR、freee人事労務、ジョブカン、マネーフォワードクラウド人事労務などのHRシステムが普及し、給与計算や勤怠管理の自動化が進んでいます。「システムを使いこなせる人材」が求められており、Excelのみならず各種HRシステムへの適応力が転職市場での差別化につながります。


9. まとめ

人事事務は、「縁の下の力持ち」という言葉がよく似合う職種です。華やかさや目立つ成果とは縁遠い仕事ですが、組織が毎日正常に機能するための基盤を支えている、なくてはならない存在です。

この職種をおすすめしたい方

  • バックオフィスで着実にキャリアを積みたい方
  • 社労士資格を取得して専門性を高めたい方
  • ルーティンワークを丁寧に、正確にこなすことにやりがいを感じる方
  • 人の役に立つことを仕事の軸にしたい方

転職・就職前に確認しておきたいこと

  • 担当する業務範囲(給与計算・採用・労務手続きなど何をメインに担うか)
  • 人事システムの導入状況(SmartHRなどを使っているか、Excelベースか)
  • チームの規模と分業体制(一人で幅広くやるか、分業されているか)
  • 正社員・契約社員・派遣のどの雇用形態か

20年間転職支援をしてきて感じるのは、人事事務で長く活躍している方は「細部にこだわれる人」と「人を思いやれる人」が多いということです。給与計算ひとつとっても、その数字の先に「その月の生活がある人間がいる」という感覚を持てる人が、この仕事を本当の意味で大切にできます。

転職を検討する際は、求人票に書かれた業務内容だけでなく、会社の規模・HR体制・システム導入状況もあわせて確認することをおすすめします。


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